INTERVIEW
全国的な農業人口の減少、農村の衰退が危ぶまれる中、これまでとは違った観点で危機を打開しようとチャレンジを続ける、東京農業大学准教授の小川繁幸准教授。誰よりもファッションを楽しみ、美味しいものを食べ、素敵な家に住む。そんな農村の新しいライフスタイルを積極的に発信することで、農業をやってみたい、農村に移住したいと思う人々を増やそうという試みだ。
一方で、農業に求められる「食料の安定供給」というミッションも重要課題だ。その達成を目指し、農家の大規模化、スマート農業の導入は国を挙げて進行していく。日本の未来に必要な農業の形とはどのようなものなのか。そして、いかに新しい就農者を増やし、定着さていくのか。農業の、そして農村の未来にあつい思いを持つ小川准教授に、話を聞いた。
小川繁幸
東京農業大学 生物産業学部 自然資源経営学科 准教授
東京農業大学生物産業学研究科博士後期課程修了
東京農業大学生物産業学部地域産業経営学科助教などを経て、現職
農村に「人・モノ・金」が集まる仕組みの構築を
ー先生のこれまでのご経歴等についてお聞かせください。
小川氏(以下敬称略):私は新潟県出身で、実家は兼業農家でした。そのため、小さなころから農業は身近な存在でした。
新潟県の農業高校から東京農業大学に進学し、博士課程を終えたあと、研究員として大学に在籍し研究を続けていました。しかし、自分の研究が実社会でどのように役に立つのか、自分の目で確かめてみたいと思い、一度大学を出て民間のコンサル会社に就職したんです。そこでは、農政の施策立案や、自治体の農林漁業の振興に関わるお手伝い、地域企業の経営支援など、大学のなかだけでは得られない実務的で幅広い経験を積み重ねることができました。
一方で民間にいると、どうしてもある程度の期間で利益を出すコトが求められます。そのため、一つのプロジェクトに長い時間をかけてじっくりと取り組むのは企業活動の時間軸からすると難しい点がありました。特に地域活性化に関わる活動は、目に見えた成果が出るまでに時間を要しますので、民間で得た知見を生かして、今度は思う存分、企業の時間軸を気にしないで、じっくり地域の活性化にコミットした研究に取り組もうと思いました。そうした経緯で大学に戻り、現在に至ります。
ー現在の研究について、概要を教えていただけますか。
小川:テーマは「持続可能な社会の実現にむけた都市と農村の関係の再構築」です。研究といっても試験管やパソコンに向かって…というよりは、研究+実践という研究活動、というイメージですね。
持続可能な社会を創るためにどうすべきか、いろいろなアプローチがありますが、私が考えているのは都市と農村の間にある、「人・モノ・金」の偏りをなくすという方法です。これは持続可能な社会にむけた経済学からのアプローチの一つなのですが、人や資源、お金が一極集中すると、エネルギー的にも経済的にも非常に効率が悪くなってしまうんです。
今、人やお金の移動は地方から都市へという一方通行で、都市からはほとんど戻ってこない状態です。例えば食料など、大量に都市に行ったものの消費しきれず廃棄されるものさえあります。農村に人・モノ・金が集まるような仕組みを作って社会のアンバランスさを解消し、循環する社会を作る…それが、主な私の研究活動内容です。
ー具体的には、どうやって人やお金を農村に集めるのでしょうか。
小川:例えば“これは社会的な課題です、みなさん協力してください”と訴えても、共感はするものの、行動に移すまでにはなかなか至らない方が多いのではないでしょうか。また、「やらないといけない」という義務感だけだと、どんな活動も途中でしんどくなって長続きしないことが多いのではないでしょうか。
そうではなく、私は農業とか農村の魅力を都市部の方々に発信して、自然と農業をやりたい、農村で暮らしたいと思ってもらえるようにしたいと考えています。
そのために、誰よりも素敵な生活ができる場所を農村にしたいんです。ファッションを楽しみ、美味しいものを食べ、快適な家に住む…農村でそうした新しいライフスタイルを作り、誰もがうらやむ生活を田舎でできるようにするのが、私の今の研究活動です。
「農作業に詳しいだけではダメ」農業の継続に必要なものとは
ー義務感ではなく、農村で農業をやりたいと思ってもらえる発信をしていくんですね。現在は、農村から人が減り、農業人口も少なくなっていますが、今の日本の農業はどのような方たちが担っているのでしょうか。
小川:まず、農業に携わる経緯、という観点で見ると、農家の後継ぎとして農業を行っている人と、新たに農業を始める人、大きくこの二つに分かれます。新たに農業を始める新規就農者も毎年いるのですが、地域には離農する人もいて、全体としての農業人口は減少傾向です。
それから、農業の形態という観点でみると、私は主に3つの分類を考えています。広大な土地を耕す大規模化、スマート農業と呼ばれるような効率化をすすめ、企業的経営の農業をする人、それから収穫量としてはそれほど多くないけれど、手作業などにこだわって高品質なものを作る人、そして私は「趣味的農家」と捉えていますが、外から移住して来て、仕事というよりもどちらかというと楽しみとして農業をする人。
これからの農業のあり方を考えると、それぞれの農家に必要な役割があるというのが私の考えです。そして、それぞれの役割に沿って農業を続けられるよう、しっかりとサポートしていくことが必要だと思っています。
ーそれぞれ、どういう役割が考えられるのでしょうか。
小川:まず国としても重要なミッションである食料の生産。この食料生産という役割を担うのは、企業的経営を展開する“企業的農家”です。
これは世界的にみても重要な役割で、世界の人口は増え続けていて、食料は足りていない状況です。また、国内でも人口は減っているとはいえ、日本の食料自給率は約4割で、先進国の中でも最低水準になっています。
農業人口が減る中でどのように安定して食料を供給し続けるかを考えると、当然大規模かつ効率化という流れになります。そして人手不足の中、広大な農地を維持するために必要なITやAIを駆使したいわゆるスマート農業の導入。さらには、生産から流通、販売まで綿密な計画をたて、コスト管理をしながら売上を上げていくための法人化。国としては食料の安定供給のためにこれらの農業施策をすすめています。
こうした企業的農家は、今後日本の農業の一つの核になっていくと思います。
ー企業的経営をしていない農家の役割は?
もう一つ大切なのが、伝統や文化を守る、という役割です。大規模化をすすめる農家がいる一方で、お伝えしたように、昔ながらの手作業にこだわり、高い付加価値を持つ作物を少量ながら大事に作りたい、という人もいます。そのような方々がいるからこそ、それぞれの地域で受け継がれてきた工夫や農村の暮らし、いわゆる伝統や文化を後世に残すことができるわけです。そういう意味で、効率的な食料生産、というベクトルとは異なりますが、私は国としてサポートすべき農家像の一つだと思っています。
特にこれから新たに農業を始める新規就農者は、自分は企業的経営を展開したいのか、それとも生産性よりも、とことんこだわるという農業をしたいのか、しっかりと考えてそれぞれに必要な準備をすることが必要ですね。
ー具体的には、どのようなことが求められるのでしょうか。
例えば、大規模経営をする農家は、機械のメンテナンスや人件費といったコスト管理や、きめ細かい生産量の計画など、多角的な経営スキルが求められます。また、こだわって付加価値の高いものを作りたい場合も、ただ良いものを作ればいいという訳ではありせん。一般の市場に出してしまうと、他の商品と並んでしまうため、かけたコストを価格に反映しづらく、利益を出すのが難しくなってしまいます。そのため、高級なレストランや、富裕層を対象にしたECなど、大規模な企業的経営をする農家とは異なる販路を開拓したり、ターゲットを見極めた輸送方法などを考える必要があります。農作業ができるだけでは経営者としてはダメなんです。
以前、ある新聞社から取材された際に伺ったのですが、その記者さんの地域では新規就農者が増えているものの、定着率が課題になっているそうです。新たに農業を始めても、維持ができずにやめてしまうパターンが多いということでした。新たに入ってきた方が継続して農業をできているかというのは、実は重要なポイントなのですが、新規就農者の定着率を全国的に継続して見ている統計はありません。ここをしっかりと見て、必要な支援をしていくことも大切です。
農作業のファッションを楽しみ、料理をSNSに…「趣味的農業」が秘める可能性
ー大規模な企業的農業による食料の安定供給、こだわった高付加価値な作物をつくる農業による伝統と文化の継承と伺いましたが、もう一つ、趣味的農家の方たちは、どのような役割があるとお考えでしょうか?
小川:趣味的農家の方々というのは、これからの農業を考えたとき、実は非常に大事な存在だと思っています。
まず、地方に安定的なマーケットを確保し、先ほどお伝えしたような資源の都市一極集中を防ぐ上で、この趣味的農家の方たちは地産地消を促進するキーマンになる人々だと思うんです。生産者は本来、同時に消費者でもあるはずです。しかし、今の農家の方々は自分は消費者であるという感覚が薄れている方が多いような気がします。自分たちの作るものは売るものであって食べるものではないといったように。例えば、私が住む北海道の農家の方々は地域に最も適した作物を選定し、規模拡大と機械化によって生産性の高い農業を展開し、産地を形成してきました。しかし、産地を形成したがために、自らの食卓を自ら栽培した野菜だけで整えるのは難しく、農家の中には、自らの作物は“売り物”であって、野菜など食卓を彩る食材はスーパーで“買うもの”ということが当たり前になっている方もいます。
その点、趣味的農家の方たちは、多くの場合、自分たちで消費することを楽しみに生産し、また、その地域に興味を持って移住してくるので、その土地のものを好んで消費します。さらには、趣味的に作ったちょっと変わった農作物を地元の人たちが集まる小さなマーケットに出したり、カフェを開いて作った野菜で料理を提供したり、今までにない新しいローカルな消費の仕方を作り出してくれるんです。
ー自然と、楽しく地元のものを消費しているんですね。
小川:そうなんです。その「楽しんでいる」という点もポイントです。地産地消だけではなく、私の研究活動でもある「誰よりも素敵な生活ができる場所を農村にしたい」という観点から見ても、趣味的農家の方たちは、みなさんそれぞれのライフスタイルを楽しく築いているのがとてもいいなと思うんです。ちょっと変わった素敵な家を建てたり、取れた野菜でおしゃれな料理を作ってSNSにアップしたり、ファッションも楽しんで農作業をしたり…誰に強制されたわけでもなく、農村での暮らしを楽しみ、それが自然と「農村の素敵な暮らし」の発信につながっています。
さらに、趣味的農家の方たちは、地域の消費者であり、農村の魅力の発信者であると同時に、農業の人手不足を補う労働力にもなることができます。収穫期など忙しい時期に、短期のアルバイトなどで周辺の農家を手伝うなど、フレキシブルな労働力として貢献しているんですね。
ー農村にとって、ありがたい存在ですね。
小川:はい。外から移住してきた趣味的農家の方たちを受け入れることは、農村にとってもプラスになります。しかし、そうした方たちを、全ての場所で大事にできているかというと、必ずしもそうではないと思います。農村、地域が求めている農家像というのは、わかりやすく地域の農業発展に直結するような、いわゆるビジネスとして成功する農家です。
趣味的農家で、農業は行っているけれど、自分が好きなものを作りたい分だけ作ります、というあり方に対して、産地化や安定的な農業の展開を支援してきた農業関係者からすれば、うーんと思ってしまうわけです。地域の担い手かどうかと考えたときに、違うという見方をされがちなんです。
企業的経営をする農家を支援する取り組みはいろいろとありますが、農業・農村の観点で移住者の方たちをサポートする仕組みは、まだまだ十分ではないと思っています。ちょっとずつ、行政だけではなく地元の農家さんが主体となって農業指導をするなど、新規就農で移住した方たちを支える取り組みが始まっていますが、これが全国に広がることを期待しています。
ー多様な農業、それぞれの役割があるとお考えなんですね。
小川:そうですね。おそらく、経営力のある大規模農家さんは、スマート農業などより効率的な農業を取り入れ、ますます力をつけて大規模化していくでしょう。高齢化や跡継ぎ不足もあわさって、経営力のない零細農家は自然淘汰され、さらに数が減っていくと思います。お伝えしたように、食料の安定供給は国を挙げてのミッションなので、そうした優秀な経営者による大規模で効率的な農業は、これからの日本に必要不可欠だと思います。
しかし、全ての農家がそうなってしまってよいか、というのは立ち止まって考えていただきたいなと思います。
大規模化、スマート農業が全てになったとき、農業は残りますが、農村はなくなってしまうのではないでしょうか。機械化で今のような人手は不要になり、広大な農地はあるものの、一部の人以外、そこで生活し続けることは困難になります。
以前、大規模経営をする農家さん自身からも、農村がなくなってしまうことに対する懸念の声を聞いたことがあるんです。次の世代に農業を残すことを考えると、例え経営がうまくいったとしても、周囲に暮らす人がいない、学校も病院も、地域として必要なインフラがない場所を作ってしまいたくはないと。自分が儲けることだけではなく、周囲の農家さんをいかに残すかということも考えたいとおっしゃっていました。
お伝えしたように、経済やエネルギー効率の悪い一極集中を避け、循環型の社会にしていくためにも、私は農村を残すべきだと思っています。
高齢化で農業をする人自体はどんどん減っているわけですから、新規就農者をいかに作って、それぞれの役割を認識し、必要なサポートをしていくか。今後それが大切な視点だと思います。
新規就農者を増やすために必要な農業のキャリア教育とは
ー新規就農者を増やすために、今後何が必要だと思いますか。
小川:行政や農協など、全国でたくさんの取り組みが行われていますが、今、足りていないと私が感じるのは「農業のキャリア教育」です。
農家になって実際に農業を行えるようになるまでには、三つのハードルがあると思っています。一つはまず、田舎で暮らすことに対する抵抗をなくし、田舎暮らしは素敵だなと思ってもらうまでのハードル。二つ目が、田舎で暮らそうとなった際に、いろいろな仕事の中で農業を選んでもらうまでのハードル。そして三つめが、いざ農家になろうと決めたけど、農業ってどうやればいいのかな?何から始めるべき?という農業そのものの中身に関するハードルです。
私としては、農業関係の行政や企業の方々の支援が、このうちの三つ目のハードルに集中しているのではないか、と感じています。農業をやろうと決めた方をサポートするメニューはたくさんありますが、そもそも対象者の数が絶対的に少ないので、そこをまず増やすところにももっと力を入れるべきではないでしょうか。一つ目、二つ目のハードルを超える可能性がある人たち、いわゆる農家になってくれるかもしれない方々にアプローチして、選択肢に農家になるというキャリアを描いてもらうことが大切だと思うんです。
いわゆる行政の縦割りなども関係してくるかもしれません。田舎暮らしの魅力アピールは、Iターン、Uターン支援として内閣府や経済産業省は施策を打っているかもしれません。しかし、そこに農業の視点はどうしても足りなくなりますし、さらに教育の世界での取り組みにはつながりづらいんです。
ー確かに、「キャリア教育」というアプローチで農家を増やしていこうという取り組みは、あまり聞いたことがないかもしれないですね。
小川:農業のキャリア教育については、特に農業高校や大学といった我々教育機関の役割が大きいと思ってます。
農業高校の生徒は、かつては農家の跡継ぎが多かったのですが、今はほとんどが非農家出身の子どもたちです。それでも、一般高校の生徒よりは農業が身近な分、興味は持っていると思っていたのですが、以前、農業高校に仕事で行った際に質問してみたら、農業に興味があると答えた生徒はほとんどいませんでした。
先生の側にも、農業や地域の担い手を育成しようという意識は薄いと思います。農業高校の就職率は高いのですが、ほとんど農業とは関係がないところに就職しています。
農業系の高校や大学がもっと力を入れて、農家になるという具体的なイメージを抱けるようなキャリア教育をしていくことで、生徒や学生の意識を変えることができるのではないでしょうか。
ー若い農家を増やすためには、有効かもしれないですね。
小川:ただし、われわれ教育機関の限界もあります。サポートできるのは入り口までで、就農したあとは具体的に組織として手助けするのは難しくなってしまうんです。そこを支えているのが先ほど言ったような行政や企業ですね。現在、産学官民が連携しながら、農家を増やすためのキャリア教育に取り組み、さらに就農以後もサポートして離農を防ぐような取り組みができないか、検討しています。
魅力をしっかりと伝えることができて、そしてそれぞれの形に添った適切なサポートがあれば、日本の農業や農村を今後も残していくことができるはずです。そしてそれは、循環型のより良い社会にとって必要な存在です。今後も、誰もがうらやむような素敵な農業・農村を作っていけるよう、活動を続けていきたいと思います。