INTERVIEW

関西大学 石田成則/将来への「幻想」は捨てるべき! 今の年金制度の特徴、個人に必要な備えとは

「国民皆年・国民皆保険」の社会保険、そして、相互扶助・扶養と保険の原理が組み合わさった公的年金など、日本独自の社会保障制度のメリットやデメリットは、どのような点にあるのか。

年金などの社会保障の専門家であり、日本保険学会の理事長も務める関西大学政策創造学部の石田成則教授に、日本の年金制度の特徴、将来安心して生活するために必要な備えなどについて、話しを聞いた。

石田成則

関西大学院政策創造学部教授(社会保障、福祉政策、企業福祉)

2022年より、日本保険学会理事長を務める

「国民皆保険、皆年金」、日本の制度のメリットとは

ーまず最初に、日本の社会保障制度、年金制度の概要、特徴などについて教えてください。

石田:日本の社会保障というのは、基本的には社会保険、社会福祉、それから社会扶助ないしは公的扶助、そして公衆衛生という、四つの領域からなっています。中でも日本の特徴としては、医療や年金を社会保険が中心になって運営しているという点が挙げられます。日本の医療や年金は強制加入で、いわゆる「国民皆年金、皆保険」と呼ばれる形で、全国民が入ることになっています。

例えば社会保険が始まったドイツでも、一部は任意加入という形で、皆保険ではありません。アメリカやイギリスといった先進国でも、年金制度を見るとどちらかというと日本の生活保護制度や社会扶助制度に近い、最低限の生活を保障するという位置づけになっているんです。

それに対して、日本の年金の場合は、従前所得と呼ばれる働いてるときの収入の一定割合を保障するという仕組みです。日本でも相互扶助とか扶養といった側面はありますが、同時に保険の原理が働いていて、多く支払った人は、老後に多く給付を受けられますし、支払いが少ない人は、老後に少ない人給付しか受けられません。このように、扶助扶養の原理と保険の原理が組み合わさっているというのが、日本の年金の大きな特徴の一つだと言えます。

ーそのような日本の制度には、どのようなメリットがあるのでしょうか。

石田:お伝えしたように、多く支払えば多くもらえるという日本の仕組みは、一つ、拠出意欲を高めるという効果が期待できます。かつて、年金未払や未加入などがクローズアップされましたが、こうした問題が起きたのは自営業の方などが加入する国民年金です。企業で働いている方たちの厚生年金ではこうした問題はほとんど起こっておらず、日本の制度における保険の原理が、拠出意欲を高めていると言えます。

もう一点、働いてたくさん稼ぐと、現在だけではなく老後も豊かになれることが、労働生産性を高めることにつながっていると考えられています。日本の社会保険方式では、厚生年金の場合、労使折半、いわゆる働いてる人と事業主が半分ずつ年金保険料を負担しています。

事業主がなぜ半分負担するかというと、それは従業員が老後の不安なく安心して働くことで労働生産性が高まり、結果的に会社にとってプラスになる、という考え方に基づいているんです。

実際には、負担割合を下げてほしいという企業側からの要望は歴史的に常にあり、いろいろと制度の改正に影響している点もあるのですが、大きく言うと、この労使折半の負担原則による労働生産性向上という点も、制度によって期待できる効果であり、特徴と言えると思います。

GPIFの運用は株式割合が増加
必要なのは専門家の知見とガバメント

ー年金の積立金の運用については、現在どのようになっているのでしょうか。

石田:年金の積立金は、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)という、独立行政法人が管理・運用しています。

現在は、全体的な株高の影響を受けて、非常に高い収益率を確保できています。GPIFの政策アセット・ミックス、いわゆるポートフォリオは、ここ数年で、国債など国内債券の比率を落とし、株式や外国資産の割合を上げる方向で変更されてきているんです。

参考:GPIFの第1四半期は内外株式の上昇で高い運用収益に、安定収益を支える債券の役割にも注目

年金というのは、50年60年という長い期間を見る必要があるため、比較的安全な投資先で運用すべきという考え方もあります。対して、運用益を高めることによって、年金財政を回復しようという考えや、一定程度資産を増やしていかないと、社会や経済の成長の成果を国民に還元できないという声があり、結果的に現在は以前よりも株式の運用割合が高くなっています。

ただし、当然株価は変動しますから、大きな損失が出て、年金資産ががくっと減ってしまうというリスクもあります。過去には実際に、何兆円という損失が出たこともありましたが、現在は比較的順調に資金の運用がうまくいってる状況です。

参考:昨年度の年金運用、損失8兆円 リーマン時に次ぐ赤字幅

ー投資に正解はないと思いますが、先生個人としては、年金資産の運用で気を付けるべきこと、方針として大事にすべきことは何だとお考えでしょうか?

石田:何に投資すべきかという点よりも、やはり、ガバナンスをしっかりと効かせるということが大切だと思います。

例えばアメリカでは、会計検査院のような機関が調査し、その内容について議会の承認を得て、運用方法が決まっています。しかし日本の場合には、残念ながら会計検査院はあるものの、議会の承認というプロセスがないんです。そういう意味では、現状はガバナンスがしっかりと働いているとは言い難い状況だと思います。もう一点、外部の専門家を入れて、合理的な判断ができる環境を整えることも大切です。

年金資産の運用は超長期にわたります。そうした長期の中でも、安全運用に徹するのではなく、リスクを抑えながらもある程度経済の果実をとっていくためには、専門家の意見やお墨付き、そしてガバナンスをしっかり効かせていくことが求められると思います。

2004年の大改正で実現した持続可能性、将来に向けて個人は何をすべきか

ー持続可能な社会保障制度という観点でみたときに、現在の年金制度はどのような仕組みでこれを担保しているのでしょうか。

石田:年金は、経済との関りはもちろん、人口動態の影響を大きく受けるものなので、これらの動きに適切に対応していく必要があります。特に、少子高齢化に対応していくという観点から、年金制度は2004年度に大きな改正が行われました。

この時のポイントは、従来の「給付水準維持方式」から、「保険料水準固定方式」に変更されたという点です。給付水準維持方式というのは、大まかにいうと、一定の給付水準を維持するために、保険料などを5年に一回計算して決めるというやり方です。年金をもらう側の水準を一定に保つために、年金保険料を支払う側の金額を変更するという考えですね。このやり方だと、年金給付を受ける世代が増え、働く世代が減っていく日本では、若い人の保険料の負担がどんどん大きくなっていってしまいます。この問題を緩和するために取り入れられたのが保険料水準固定方式で、支払う側の最終的な保険料率の水準を決めて、その負担の範囲内で給付を行うというものです。これによって保険料は18.3%まで上がったあと、それ以上は上がらない仕組みとなりました。

ー確かに、以前の年金制度は、若い人たちが高齢者を支える、というイメージが強くありました。

石田:そうですね。従来のその方式からやや変化して、現在はある意味積立方式的になったと言えると思います。この制度改正によって、若い人たちとしては負担が増え続けるという心配がなくなり、制度の透明性も高まったといえるのではないでしょうか。

もう一つ、2004年の改正で導入されたのが「マクロ経済スライド」というものです。お伝えした変更によって負担が増え続けるという心配はなくなりましたが、日本の少子高齢化が進行し続ける中、保険料率の上限を決めているのですから、将来的には、どうしても給付を引き下げなければなりません。このマクロ経済スライドは、そうした中でも年金制度を維持するため、保険料を支払う働き手の数や平均寿命の変動を踏まえて年金の給付額を抑制する仕組みです。

2004年の改革で、保険料水準固定方式に変わったこと、それからマクロ経済スライドという仕組みを導入したことによって、私は、年金の持続可能性がかなり高まったのではないかと思います。

ただし、保険料が上がり続けるという心配はなくなりましたが、お伝えしたように、マクロ経済スライドによって給付は減額されていきます。一時期、老後資産2000万円問題という言葉が話題になりましたが、国も、今後は個人の自助努力を重視する方向に大きく舵を切っています。個人単位でいかに将来に備え、年金支給額が減った分を補うための資産形成をするかが重要になってきます。

今の高齢者の生活は未来にはない…若者が「幻想」を捨て将来を考えるために

ー先生は日本保険学会の理事長も務めていらっしゃいますが、将来の備えを考えたときに、この保険というものはどのような位置づけで、どのような活用方法があるとお考えでしょうか?

石田:やはり、年金だけで老後生活を送るのは苦しい時代になってきますから、そこを補うためのいろいろな準備が必要であり、保険もその選択肢の一つといえます。

個人の将来への備えとして考えられる保険としては、養老保険や個人年金保険などが挙げられます。どちらも老後の資産形成の一つになりますが、どちらかというと養老保険は万が一の死亡を考えた保険的要素が強く、個人年金保険は資産形成の要素が強いといえると思います。しかし、個人年金保険の世帯加入率は25%前後で、なかなか普及していないというのが現状です。

個人年金保険という商品の性質上、40歳、50歳をすぎてから始めても、月々の掛け金が非常に高額になってしまうんです。そのため、なかなか手が出しづらいというのが理由ではないかと考えられます。

個人年金保険は、若いうちから加入していれば月々の掛け金を低く抑えることができて、変捩率も比較的高くなる可能性があります。しかし、若い人たちはどうしても目先が中心になってしまい、そうした将来に向けた資産形成に関心がない方もまだまだ多いのではないでしょうか。

ー確かに、金融教育なども各所で始まっていますが、若い人たちの「老後に備える」という意識は、まだまだ薄いのかもしれませんね。

石田:やはり人間は目先のことが非常に大事なので、重要だけれどもずっと先のことに関しては、どうしても対応を先送りしてしまいがちです。

あわせて、今の若い人たちは、「将来なんとかなる」と考えてしまう状況にあるのではないかと思っています。なぜなら、今の時代の比較的裕福なお年寄りの姿を見ているからです。

現在のお年寄りは、厚生年金が平均で20万円超、非常に充実した年金をもらっています。しかも、高額な退職金がもらえるのが当たり前という時代に現役を退いた世代なので、特に若いころから資産形成をしていなくても、退職と同時にかなりのまとまった金額を手にして、多くの高齢者がある程度余裕のある生活を送っているんです。

そうしたお年寄りの姿を見ている現在の若者は、自然と自分の老後も同じような姿をイメージして、「何とかなる」と感じてしまっているのではないでしょうか。

ー自分たちが老後を迎えたときには、同じ状況ではない可能性が高いんですね。

石田:そうですね。今の高齢者のような老後が送れるというのは「幻想」で、まずはその幻想を捨てることが必要です。今後は年金の給付額は5万円、6万円という単位で削られていきます。仮に物価も上がるとなると、国の年金だけでは生活できない状況になります。もちろんそうした未来は国もきちんと理解をしていて、先ほどお伝えしたように「自分で備えてくださいね」というやり方に舵を切っているんです。例えばiDeCoのような仕組みに税の優遇措置を設けるというのも、その一つと言えると思います。

ー若い人たちにどうやって将来への備えの必要性を感じてもらうのか、先生はどのようにお考えですか。

石田:いろいろなやり方があると思いますが、行動経済学の知見から言うと、将来のことについてリアリティをもって感じてもらうことがまず必要です。若い人が老後についてリアリティを持つというのは簡単ではありませんが、今はARやバーチャルリアリティなどいろいろなものがあるので、そうした新しい技術を活用するのも一つの手段だと思います。

それから、同じく行動経済学の考え方なのですが、将来のことをどの程度考えられるか、要は視野が長いか短いかは、自己肯定感と関係していると言われています。自己肯定感が強い人は将来のことをよく考えているんです。国全体がリセッションになっているとか、自分自身の所得が上がらないときは自己肯定感も下がりがちで、経済状態は自己肯定感と繋がっていると考えられています。したがって、間接的な対応かもしれませんが、雇用政策などに力を入れて若い人たちがもっと自信を持てるような社会にすることも意味があるのではないかと考えています。

そしてもう一つ、コミュニケーションを活性化することも大切です。例えば、会社の中で年金や資産運用について多くコミュニケーションを取っている人は個人年金保険やiDeCoなどを積極的に活用していたり、夫婦で老後について、きちんと話をしたりしている家庭は、老後に対して十分な備えをしているんですね。

そういう意味で、職場や家庭などで、経済や将来のことについてコミュニケーションをとるような環境を整えることも効果があると思います。

「いざとなったら」ではなく、今のうちからできる対策を

ー最後に、先生ご自身で今後研究したいテーマなどがありましたら、教えていただけますか?

石田:今研究を進めているのが、「私的年金の終身化」です。個人で加入する年金保険は、積み立てをした後、老後になって支払われる期間が10年、15年など一定期間に定められているのが一般的です。それに対して終身化というのは、支払い開始時点から死ぬまで生涯支払いを受けられるタイプですね。

アメリカやヨーロッパなどの諸外国は、日本と同じように自助努力を重視する方向で制度設計をしていますが、その中でも保険料を積み立てる段階ではなく、それを老後にどうやって取り崩していくか、いわゆるペイアウトについていろいろな方策を検討していて、私的年金の終身化がだんだんとすすんでいます。

現役世代にしっかりと積み立てることで死ぬまで支払いを受けられる終身化は、安心と言う点で大きなメリットもありますが、どんどん平均寿命が伸びている現状においては運用が難しく、保険会社も躊躇するんですね。税制などいろいろと検討しなければならないことも多く、その辺りについて現在、関心を持って研究をしています。

ー積み立てる段階だけではなく、支払う段階でもいろいろなやり方があるんですね。

石田:そうですね。もう一点、年金や資産運用という分野からは外れますが、私の専門分野である社会保障という領域で、災害時の社会保障について、日本と同じく災害が多いアジア諸国などと一緒に研究を展開しています。

大きな災害が起きたとき、被災地の復旧復興を早めるためには、地域社会における相互扶助の仕組みが非常に重要になってきます。企業は災害などの非常時に何をすべきかを定めた事業継続計画(Business Continuity Plan)を作っていますが、実は全国に1727ある地方自治体も、同じくBCPを作っているんです。

しかし、自治体の中で、地域の企業やNPO団体など民間の動きをしっかりと考慮したBCPを作成しているところは、3分の1ぐらいしかありません。そのため、災害が起きても連携が取れずに、サプライチェーンの分断が長く続いてしまうんです。

私も委員などを務め、いろいろな立場の方たちと接する機会がありますが、お役所の方たちと企業の方たちは文化が全く違うなと思うことがあります。ある意味異なる世界の組織同士で連携を取るというのは難しいと思いますが、そうした壁を乗り越えて、官民が手を携えて平時から備えをしていくことで、万が一のときの素早い復旧復興につながると思います。

ー平時からそうした対策を練っておくことが大切なんですね。

石田:そうですね。老後の備えも、災害時の復旧復興も、いざそのときになってから対策を考えたのでは間に合いません。安心して暮らせる未来のために何が必要か、今後も専門領域で研究を続けていきたいと思います。

AUTHOR

株式会社RUNWAYS
株式会社RUNWAYSは「ウェブマーケティング」と「メディア運営」を通じて、企業成長と社会のIT活用に寄与するマーケティング会社です。 Web集客やコンテンツマーケティング等でお困りの際はお気軽にご相談くださいませ。
https://runways.co.jp/
BACK TO INDEX
ENTERED
THE
SPOTLIGHT