INTERVIEW
2023年10月から、ステルスマーケティング、いわゆる「ステマ」が、新たに景品表示法による規制の対象となった。
今回話を伺うのは、広告代理店やSNSマーケティング会社などを経て、東京工科大学のメディア学部准教授、一般社団法人クチコミマーケティング協会の運営委員会委員長などを務める藤崎実氏。広告業界の第一線で活躍し、クチコミマーケティングの研究を続けてきた専門家から見た、今回の規制が業界に与える影響とは━━。
藤崎氏に、ステルスマーケティングの問題点、そして本来のクチコミが持つ魅力や価値などについて、話を聞いた。
藤崎実
東京工科大学メディア学部准教授・一般社団法人クチコミマーケティング協会運営委員会委員長
博報堂宗形チーム、大広インテレクト、読売広告社、TBWA\HAKUHODO、アジャイルメディア・ネットワークを経て現職。
消費者庁が乗り出した「ステマ規制」、専門家から見た業界への影響は
ー藤崎先生のこれまでのご経歴についてお聞かせください。
藤崎実氏(以下敬称略):私は元々広告業界で働いており、国内広告会社や外資系広告会社、SNSのマーケティング会社などに勤務していました。また、フリーランスとしてコピーライターやCMプランナー、クリエイティブディレクターとして活動した経験もあります。立場を変えながらいろいろなメディアの広告に携わり、現在は東京工科大学のメディア学部で准教授を務めています。
それから、大学の教員とは別に、クチコミマーケティング協会(WOMJ)という一般社団法人の運営委員会委員長も務めています。
この団体は、「クチコミマーケティング業界の健全なる育成と啓発」をミッションに掲げ、2009年に発足しました。広告代理店や出版社、ネットメディアの運営会社などが加盟し、業界の自主的なガイドライン作成やクチコミマーケティングに関するナレッジの共有などを行っています。
ー現在の主な研究内容を教えていただけますか。
藤崎:私の研究領域で言うと、メインは「クチコミ」です。
例えばテレビCMの一つのゴールは、CMをヒットさせることです。CMがヒットするということは、話題になるということですね。テレビなどのマスメディアが全盛のときは、話題のCMがオンエアされると、学校でみんなが「あのCM見た?すごいね」と盛り上がっていました。これがインターネットの時代になると、見た人がシェアしたり感想を書き込んだりします。これらがいわゆるネットのクチコミです。
私は、話題を作り、それに紐づくクチコミをどのように発生させるのか、そうしたことを研究しています。またそれに関連して、「クチコミマーケティング」や、広告枠に捉われずメディアを横断的に活用した全体的な広告の在り方を考える「統合マーケティングコミュニケーション」、また「広告倫理」などを研究領域にしています。
ーネットの広告やクチコミマーケティングに関連して、2023年10月から、新たにステルスマーケティング(以下ステマ)が規制の対象となりました。今回の規制について、先生はどのように評価していらっしゃいますか。
藤崎:ステマの一例をわかりやすく述べると、例えば実際には事業者が依頼した情報発信であるにも関わらず、それとわからない形で、つまり事業者の存在を消費者に対して隠して行われるマーケティング手法のことです。
例えば、インフルエンサーと呼ばれる方たちが、SNSで特定の商品を紹介したり、良いところを褒めたりしている投稿を見かけることがあると思います。その投稿が、実は単に自分でいいと思って発信しているのではなく、その商品を作っている企業からの依頼を受けていたり、あるいはその投稿内容に企業が関与していたりする場合は、その投稿は企業が関与している「事業者の表示」であると、消費者にわかりやすく明瞭に伝えることが求められるようになりました。それが、今回の法整備のポイントです。
ー例えば、ステマはどのような問題があるのですか?
もし、事業者と投稿の関係が消費者にわからないと、消費者の商品選択において問題が発生します。これはどういうことかと言いますと、例えばテレビCMにおける広告表現の場合は、企業が自社の商品をよく見せるために、多少の誇張や大袈裟な表現を用いることもあり得るということは、消費者にとって自明の理です。お茶の間の消費者はそうした前提のもと、テレビCMの広告表現を見ています。そして消費者は商品選択においても、その点を考慮すると考えられるのです。
しかし、インフルエンサーの投稿は、消費者にとって、それが企業の依頼に基づくものなのか、企業は全く関係ないのかがわかりません。もし、インフルエンサーの投稿が企業の依頼に基づくものだとわかれば、消費者はその投稿を、テレビCMと同様に企業の宣伝活動の一環であると考慮して、つまり一歩距離を置いて読むことができます。
このように事業者である企業と投稿の関係性を、誰にとっても明瞭にわかりやすく伝えることはとても大切なことです。両者の関係性がわからなければ、消費者は商品選択において、合理的な選択を誤ってしまう可能性があります。つまり、今回の「ステマ規制」の目的は、消費者の誤認を防ぎ、消費者を保護することにあるのです。
ちなみに消費者庁は、「事業者の表示」であることを明瞭に伝える方法をいくつか示しています。1つは、日本語の文章による表示です。例えば、「A社から商品の提供を受けて投稿しています」といった伝え方です。もう1つは「広告」「宣伝」「プロモーション」「PR」といった文字による表現です。消費者庁が運用基準で認めている表示はこの4つだけなので、注意が必要です。「タイアップ」や「スポンサード」などは認められていないんです。なお、ハッシュタグ「#」はあってもなくても問題ありません。
ー今までもステマは問題だったのですよね?
企業のマーケティング活動としての情報であるにもかかわらず、そうした事業者の存在を消費者に対して隠しているものについては、これまでも、度々「ステマ」として問題視されてきました。しかし、今まで日本では法律上の明確なルールがなかったのです。しかし、2023年10月1日から景品表示法違反の不当表示の5条3号(指定告示)に、「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」が加えられたことで、こうした事業者の存在を隠した情報発信、いわゆるステマが禁止となりました。
私としては、ステマが規制対象になったことについて、一定の評価をしています。今回は、新しい法律をつくるのではなく、既にある景品表示法という法律の枠組みの中で、禁止される対象にステマを追加するというやり方で不当表示の規制をすることになりました。消費者庁としても、いろいろな議論があったと思いますが、こうした枠組みで「ステマ規制」を行うことに対して、なるほどと思いました。
ー今回の規制で、実際にSNSやクチコミのマーケティングなどに携わってらっしゃる方たちに、どのような影響があるとお考えですか?実際には、皆さんどのように受け止めているのでしょうか。
藤崎:業界の方たちは、概ね皆さん今回の法整備をしっかりキャッチアップして、気を引き締めていると思います。これまでも、きちんとした事業者は、ステマのような消費者を欺く行為を行わないようにしていました。
しかし、消費者を欺くことを悪いことだと思わない事業者が一部いることは確かです。悲しいことですが、世の中というものはそういうところがあると思います。また、知識や認識の欠如によって、悪意なくといいますか、いけないことだと思わずに結果としてステマとなっている発信を目にすることもありました。かつては、ある程度大きな企業や行政でも、何がステマなのか、どうしてステマがいけないのかをよく理解していないところがあったと思います。
企業が行う、一般の方たちの言葉を借りて消費者に情報を提供する、いわゆるクチコミを活用したクチコミマーケティング自体は悪いことではありません。きちんとルールを守って行えば、つまり「事業者の表示」であることを明瞭に示して行えば、自分と同じ消費者の意見や感想は、他の消費者にとって商品選択をするうえで有益な情報になるはずです。
しかし、「事業者の表示」を明瞭に行わない場合は、ステマとなり、消費者を欺くことになるのです。
自分と同じ消費者のクチコミが、あるいは自分が好きなインフルエンサーのレビューが、実は純粋な投稿ではなく、企業から依頼された投稿であった場合、それを知った消費者は「なんだ企業の宣伝だったのか」「騙された!」と思うでしょう。
これまでは、法整備が整っていませんでしたので、ステマ行為を取りしまることができませんでした。今回の「ステマ規制」によってルールが明確になりました。抑止効果はもちろん、社会的な注目度も高まったことで、悪意なくステマ行為を行っていた人にも、法律で禁止されていますよと、しっかりと啓蒙活動できるようになったと思います。
消費者を守るために何が必要か、業界の自主的なガイドライン作りに生かした視点
ーそもそもステルスマーケティングは、どのような流れ、歴史的な背景で生まれてきたものなのでしょうか。
藤崎:ステマをどのように定義するかにもよりますが、インターネットに限定せずに考えると、そもそも日本では昔から「サクラ」という存在がありました。サクラは今でも時たま見かけますが、一般の顧客を装ってイベントを盛り上げたり、他の消費者に対して購買意欲をかきたてるようにしたりする、いわゆる「仕込み客」ですね。
サクラの発祥については諸説ありますが、江戸時代からすでにあったと言われています。今も昔も、消費者の行動には共通するところがあり、お上やお店側の言うことではなく、自分と同じ立場の人の意見を人は参考にし、信じてきたのだと思います。他の顧客と同じような立場の町民による「美味しいよ」、「面白いよ」という声を生かし、商売繁盛に繋げようという手法が、古来から一つの方法としてあったわけですね。
テレビであればCM枠という区切りがありますし、新聞も記事枠と広告枠が混同しないように見せる表記上のルールがあり、見た人が広告かどうかわかるようになっています。しかし、インターネットの場合は、表現方法も多岐にわたるため、広告以外の情報と広告とが場合によって見分けが難しくなります。またSNSなどが急速に発展して次々と新しいサービスが登場し、マーケティングの手法も日々進化しています。そうした経緯から、インターネットはステマが生まれやすい構造だったとも言えます。
ー今回の「ステマ規制」の内容を議論してきた消費者庁の検討会の資料を見ると、主要国で「ステマ規制」がないのは日本だけ、ということが強調されています。諸外国の規制が強まる中で、日本ではこれまで規制されてこなかったのはどうしてなのでしょうか。
藤崎:はっきりとした理由はわかりませんが、恐らく、何をどのような形で規制したら良いのか、枠組みを議論していたのではないでしょうか。
先ほどお伝えしたクチコミマーケティング協会(WOMJ)は2009年に発足したのですが、そもそものきっかけは、アメリカではクチコミマーケティングに関する規制があるのに日本にはないことから、業界をあげて自主的にルールを作る必要があるという声が上がったことによります。
当時はブログが全盛で、アルファブロガーと呼ばれる、たくさんの読者を持つブロガーが注目を集めていました。この人たちのところに、企業から商品に関する記事を書いてほしいと依頼がたくさん来ていたんです。例えばPCメーカーから依頼を受けてPCのレビュー記事をブログに書くとします。実際はメーカーから依頼され、報酬をもらっているのに、それを隠してあたかも自主的に商品を見つけて感想を書いているかのように装うと、読者をだましてしまうことになってしまいます。ネット先進国のアメリカでは法律で禁止されているにも関わらず、日本には何のルールもない…そうしたことに危機感を感じたブロガーやネットPRを手がける会社、広告会社などが自主的に集まって、2010年に「WOMJガイドライン」を作りました。ただ、誤解があるといけないのですが、これはあくまで業界の自主規制のガイドラインであり、法的な効力はありません。
ー行政よりも、業界の動きの方が早かったわけですね。
藤崎:そうなのです。ブログの後も、旧TwitterやFacebook、Instagram、それからYouTubeやTikTokなど、次々と新しい情報発信の場が登場しています。WOMJはそれらの新しいメディアに対応するために、今まで2回「WOMJガイドライン」を改正してきました。
メディアが多様化して、SNSが一般消費者の情報源として欠かせない存在になりました。恐らく消費者庁も、こうした動きを見過ごせないと考え、今回の規制に踏み切ったのではないでしょうか。
ー今、本当にいろんな媒体が出てきて、消費行動を促す手法も次々と新しいものが登場しています。中にはステマのように一部の業者によって消費者を欺くような手口が今後も出てくる可能性があります。そうした動きに対し、基本は業界の自主的なルール作りに委ね、自由な発展を促していくのか、それとも行政が先んじて規制を作り、問題が起きない手立てを講じていくのか、どちらの方が先生個人としては望ましいとお考えでしょうか?
藤崎:これは難しい問題ですよね。規制が厳しすぎると事業者が萎縮して、業界の成長が阻害される恐れも考えられます。何も消費者庁は、クチコミマーケティングやインフルエンサーマーケティングがダメだと言っているわけではないのです。ルールを提示して、消費者を守ることが目的なのです。
なお、消費者庁の「ステマ規制」の内容(※1)を読むと、少し解釈が難しい部分があります。どのような場合が当てはまるのかは、今後の施行を見て事例などから判断する必要があると思います。
(※1)一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」の指定及び「『一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示』の運用基準
ちなみに、今回の規制への対応で、「WOMJガイドライン」も3度目の改訂を行い、2023年10月1日から運用していますが、この内容は景表法の指定告示や運用基準よりも、厳しい内容になっています。つまり、法律よりも自主規制のガイドラインが緩くなってしまうと、作る意味がなくなってしまいます。そこで、“この「WOMJガイドライン」を守れば、ステマにならない”というわかりやすい基準を示しています。
クチコミは「知見のバトン」、価値を守るために何が必要か
ー改めて、クチコミの価値、良さとは、どのような点にあるとお考えでしょうか。
藤崎:好きなものや、いいなと思うものに出会ったとき、それについて誰かに伝えたいというのは人間の根本的で純粋な気持ちだと思います。映画を見て感動したら、いい映画だった、面白いので是非観てねと言いたくなりますし、逆も又しかりで、せっかく見に行ったのに面白くなかったら、この映画は期待外れだった、こういう好みを持っている人には合わないよと教えたくなりますよね。
つまり、人は自分の好きなものについて語ったり、失敗した経験を人に伝えたりしたい。それは、インターネットが発展しようがしまいが、人間が本来持っている本能であると言い換えることもできるのです。私は、クチコミは知見のバトンタッチであり、それこそがクチコミの魅力だと思っています。
ー根本にある、誰かに伝えたいという気持ちが、クチコミの素晴らしい点だとお考えなんですね。
藤崎:そうです。自分の経験や見聞きしたことを他の人と共有したい、あるいは自分と同じような失敗をしないように教えてあげたいという、非常にピュアな気持ちがクチコミの原点です。海外の文献を読むと、クチコミは太古から人類が生き延びてくる上で必要な知識の伝達行為であった、と出てきます。その一方で、現代は情報が溢れています。だからこそ、人はクチコミを見て、判断の参考にするのではないでしょうか。
本来、クチコミはそうした純粋な気持ちから発信されるものなのです。しかし、そこに悪意をもった人が入りこんで、その仕組みを利用しようとすると、問題が発生します。誰かのためにと発信したはずの情報の中に、偽りの情報が紛れ込んでしまうと、クチコミ全体が信用できなくなってしまうでしょう。
知見のバトンタッチとしてのクチコミが価値を持つためには、発信者がどういう立場でその発信をしているのか、情報の受け手に誤認を与えないようにする必要があります。イチユーザーが自分が使ってみた感想をシェアするのは、もちろん価値があると思います。またインフルエンサーがPRだと明らかにした上で商品の良さを自分の言葉で説明するのも、価値を持つ情報です。その場合は、情報と事業者の関係をしっかりと明示する必要があるというお話です。
誤解のない正しい情報を共有できる環境を大切にして、みんなで発展していくことができる、そんな世界が実現するといいなと思いますね。