INTERVIEW

京都府立大学 三宅裕樹/市場原理と公益性を併せ持つ地方債、投資のメリット・デメリットとは

地方自治体が資金を調達する目的で発行する、地方債。京都府立大学の三宅裕樹准教授は、地方債を活用して自治体が資金を広く集め、より良い公共サービスにつなげるためにはどうするべきか、地方債の仕組みや海外の制度について研究している。

債権市場の中でも国債や社債に比べ一般投資家にはなじみが薄いとも言われる地方債だが、市場原理と公共の価値観という二面性を持つ地方債について、三宅准教授は「研究テーマとしてとても面白い」と考えている。三宅准教授の感じた地方債の面白さ、金融商品としてみたときのメリット、デメリットなどについて、話を聞いた。

三宅裕樹:京都府立大学 公共政策学部 公共政策学科 准教授

2018年10月より、現職
2018年4月 – 2018年9月 愛媛大学法文学部人文社会学科 准教授
2016年4月 – 2018年3月 愛媛大学法文学部人文社会学科 講師
2015年4月 – 2016年3月 愛媛大学法文学部総合政策学科 講師
2006年4月 – 2011年8月 株式会社野村資本市場研究所,研究部

一般投資家の投資対象は実は3割のみ、知っているようで知らない「地方債」とは

ーまずは、発行の目的など、地方債の基礎的なことについて教えてください。

三宅:地方債は、一言で言うと地方自治体が発行している債権です。証券という形で発行する場合や銀行などから融資を受ける場合、全部含めて地方債と呼んでいて、現在、約180兆円の発行残高があります。

発行目的としては大きく二つあります。

一つはインフラ整備です。地方自治体が道路や橋、上下水道を整備したり、学校や公共施設といった建物を整備したり、インフラを整えるためには資金が必要です。そのために地方債を発行するというのが一つ目の大きな理由ですね。

それからもう一つは臨時財政対策債に代表される、特例法に基づいて発行されるものがあります。インフラ整備に限定せず、自治体による通常の公共サービス提供にあたって必要な資金を確保するために発行されるものです。

臨時財政対策債は仕組みが少し複雑です。地方自治体が公共サービスを提供するのに必要な資金は、例えば市であれば、市民から集めた税金を使っています。しかし、税収によって賄っているのは実は4割程度で、残りの6割ぐらいは補助金などに頼っているんです。その補助金の一つとして地方交付税制度がありますが、今は地方交付税をくれる国、中央政府にお金がありません。

そのため、国は本当は地方交付税という形でお金を渡したいんだけれども、とりあえず今は借金をしておいてくださいとお願いをするわけです。市は、地方交付税をもらう代わりに臨時財政対策債という形でお金を集め、その借金で賄ったお金でとりあえず今年は乗り切ると。

市が臨時財政対策債で集めた金額を例えば10年後に返済しないとならない場合、そのお金は10年後の地方交付税で金利込みで国からもらいます。現実にはより複雑になっていますが、基本的にはこのような仕組みになっています。

本来は例外的に発行されるものですが、現在、実はこの臨時財政対策債が地方債の中で一番大きい割合を占めているんです。180兆円の残高のうち50兆円ぐらいが、この臨時財政対策債なんですね。これは日本ならではの仕組みで、私が知る限り、先進諸国でこのような方式をとっている国は聞いたことがありません。

ー資金の調達先とすると、どういう場所があるのでしょうか。

三宅:大きく四つの種類、借り先があります。

一つは財政投融資制度。国が国債発行などを通じて調達した資金を財源として、その国から借りるもので、これが3割ぐらいを占めています。

二つ目が、地方公共団体金融機構という地方自治体が共同で作っている政府系の金融機関で、約1割。

三つ目が銀行等引受債という言い方をしていますが、要は銀行や信用金庫、信用組合、そういったところから借りるもので、これが約3割。

そして一番最後が市場公募債という、市場で公募形式で発行される債券、これが約3割です。一般の投資家の方々の視点に立つと、投資対象としての地方債は一番最後の市場公募債になるのですが、この市場公募債は、実は地方債全体の3割でしかありません。

現在日本には1700超の自治体がありますが、その自治体全てが市場公募債を発行しているわけではなく、中小の自治体は財政投融資制度や地方公共団体金融機構、銀行などから借りてくる形がほぼ全てになります。

市場公募債を発行しているのは、比較的規模の大きい自治体ですね。都道府県、政令指定都市が中心です。

デフォルトはあり得るのか?地方債のメリット・デメリット

ー投資家にとって、地方債の金融商品としてのメリットは、どのような点が挙げられますか。

三宅:一つは安全性の高さですね。やはり公的な機関が発行してるものなので、信用リスクは極めて低いと考えてよいと思います。

それから二つ目に、投資した資金が公共性、公益性の高いものに使われる、という点もメリットと言えるのではないでしょうか。投資することで経済的なプラスを得るだけではなく、社会貢献にもなるといえます。最近増えているSDG債などは、このメリットを意識したものです。地方債は、SDGs債が出てくる遥か前から、収益性と社会貢献の両立を可能にする金融商品であり続けているとも言えます。

三つ目としては、その発行条件の多様性が挙げられます。日本の地方債、特に市場公募債は、かつては今のような多様性がなかったのですが、近年その点が大きく改善されました。例えば10年債しかなかったものが、今は5年債から30年債まで発行されています。それから、基本的には満期一括償還方式が多いのですが、定時償還方式の地方債も増えてきていますし、外貨建ての地方債も発行されています。投資家の方々がそれぞれの資産運用ニーズに合わせて選びやすいのも魅力かなと思います。

ーなるほど。逆にデメリットはありますか?

三宅:投資対象として見ると、やはり流動性の低さが課題ですね。債権で圧倒的に流動性が高い国債と比べると、地方債は遠く及ばないのが現状です。

それからもう一つ、デメリットというか手を出しづらい要因として、リスク分析が独特だということも挙げられます。

投資対象として考える際、安全性や信用リスクと得られるリターンのバランスは投資家の皆さんが注目するポイントだと思います。

しかし、地方債の信用リスクを財政状況から分析し判断するのは、簡単ではありません。社債や株式投資など、民間企業の財務分析に慣れている方が地方債のリスク分析をしようと思うと、やり方が大きく異なるため、「独特の世界だぞ」と、ちょっと怯んでしまうと思います。

ー専門家でなくても見やすい指標のようなものは何かあるのでしょうか。

三宅:格付けは一つの便利な指標ですが、格付けを取っている自治体は、市場公募債を発行しているような比較的大きなところの中でも、限られているんです。かつてはもっと格付けを取っている自治体が多かったのですが、その格付けを取り下げる自治体が最近増えています。個人の投資家が地方債のリスク分析をするのはまだまだハードルが高いかもしれません。

ー自治体が財政破綻して、地方債がデフォルトになることはあり得るのでしょうか。

三宅:まず前提として、財政破綻と地方債のデフォルトというのは、区別する必要があります。

財政破綻というのは、地元の人たちに対してきちんとした公共サービスが自力で提供できなくなるという状態です。それに対して地方債のデフォルトというのは、地方債の元利償還が、約束通りの金額そして約束通りの期日にできない状態を指します。

非常に極端な例を言うと、地方債を発行している自治体が、100億円のお金しかなくなってしまうとします。その限られたお金を地方債の元利償還に最優先で充てて、とにかく期日通りに元利償還をすれば、その場合、地方債のデフォルトは起きていないわけです。

しかし、そのなけなしのお金を元利償還につぎ込んでいるので、本来自治体として行うべき公共サービスの提供はその分滞ってしまいますよね。そうすると例えばゴミ収集ができない、水道管が破裂していても直せない、という話になるわけです。こうなってしまうと、これはもう財政破綻です。

ーなるほど。デフォルトはしていないけれど、財政破綻はしているというケースがあり得るわけですね。

三宅:そうなんです。その上で地方債のデフォルトを改めて説明すると、二つの段階があります。一つは最終的にちゃんとお金が返せるかどうかです。そして二つ目は最終的にはお金は返せるものの、期日通りに返せるかどうか、タイムリーペイメントリスクと呼ばれるものですね。

期日に遅れてしまうものの最終的には債務償還の原資は確保できるのかという点でお伝えすると、これは地方財政の大元の仕組みから確保できるようになっているので、この点についてデフォルトのリスクは極めて低いと言えると思います。

一方で、期日に1日でも遅れたとしてもこれは一応地方債権のデフォルトです。このタイムリーペイメントリスクに関して言うと、絶対に大丈夫だと言えるような仕組みは、必ずしも整っていません。現実的には考えづらいですが、タイムリーペイメントリスクに関して言えば、理論的には地方債のデフォルトはあり得るとも考えられます。

ーこれまでに、日本の地方債で支払い期日が遅れたことはあるんでしょうか。

三宅:戦前まではわからないところがあるのですが、少なくとも戦後は地方債のデフォルトは起きていないとされています。総務省も地方債のデフォルトは起きたことはないと言っていますし、デフォルトは公式見解としてはないと言えます。例えば自治体の財政破綻というと夕張市が思い浮かびますが、この夕張市の地方債もデフォルトはしていません。

ー自治体によって、財政状況は大きく異なると思います。例えば金利と財政状況は、ある程度連動しているのですか?

三宅:自治体によって財政状態の健全性、債務の大きさにはばらつきはありますので、それを信用リスクの指標と捉えるのであれば、理屈上は地方債の利回りにも差があるのかなとイメージされがちです。しかし、少なくともこの10年ぐらいに関して言うと、市場公募債の利回りに大きな差はついていないんです。自治体間によるスプレッドの差を見てみると、数ベーシス(1ベーシスは1%の100分の1、0.01%)あるかないかです。時期によってブレはあるものの、地方債の対国債スプレッドは大体10ベーシスから20ベーシス、かなりうすいレンジで収斂しています。

この数字を見ると、投資家の認識として自治体間で信用リスクに大きな差があるというふうには現状捉えられていないと考えていいのかなと思います。

市場原理と公益性、異なる顔を持つ地方債は「面白い」

ー先生は、海外の地方債の仕組み、制度について詳しく研究していると伺っています。海外と比較したときに日本の制度としての遅れや課題などを感じることはありますか。

三宅:日本の地方債の仕組みは、以前はかなり制約が厳しかったのですが、現在の状況を見ると、かなり欧米先進諸国と仕組みがそろってきていると考えています。

日本の地方債が大きく変化したのは、2006年です。それまでは国に許可をもらわないと発行できない仕組みだったのですが、2006年以降は、法律に準拠していれば各自治体が自由に発行できる形に変わりました。利回りなど地方債の発行条件も、統一条件決定方式といって総務省が代表して金融機関と交渉していた方式から、各自治体がそれぞれ交渉できる方式に変更になりました。起債自主権に関しては、他の先進諸国とほぼ同程度というふうに考えられると思います。

ー投資という観点で見た場合、海外の地方債の状況で、日本と異なっている点はあるのでしょうか。

三宅:例えばアメリカの地方債市場は、非常に活発です。地方債のファンドなど間接的なものも含めると、地方債全体の7割から8割くらいを個人投資家が所有しているんです。

一方で、制度としてはアメリカの地方債は他の国と比較して大きく異なっています。先ほど日本の制度は欧米先進諸国とそろっているとお伝えしましたが、これはヨーロッパと比較した時の話で、アメリカはかなりイレギュラーですね。アメリカは州や市町村も地方債を発行していますが、それだけではなく、NPOとか、NGO、ハーバード大学のような私立大学なども「地方債」という形で債権を発行しているんです。

そうした多様な商品があるということと、それから利子収入に対して所得税が免除されるというメリットがあることから、アメリカでは個人による地方債への投資がものすごく普及しています。

ー日本とは異なり、金融商品としての人気が高いのですね。

三宅:はい。ただし、アメリカの地方債は、デフォルトします。数年前には車で有名なデトロイトの地方債もデフォルトしましたし、比較的大きなところでも時々デフォルトすることがあるんです。アメリカでも基本的には信用リスクは低いというふうに考えられていますが、ちらほらとデフォルトするケースが実際に起きています。

そのため、地方債を発行している自治体や団体の多くが格付けを取得しています。

ダブルAとかシングルAといった高い格付けもあればトリプルBとかダブルBとかの自治体なども地方債を発行していて、ハイイールド地方債も存在しています。

格付けに応じて利回りもさまざまで、あえてそのハイイールド地方債に投資をして高い利回りを追求するという投資戦略をとる地方債ファンドもありますね。

ー興味深いですね。他に、参考になる仕組みを持つ国はありますか。

三宅:各国いろいろ学ぶところはありますが、私が大好きなのはスウェーデンです。

スウェーデンにはコミューンインベストという組織があり、そこを通じて「地方債」を発行しています。コミューンというのは市町村という意味で、そのコミューンのインベストということでコミューンインベストですね。

中小の自治体は規模が小さいため、単独で債権を発行して資金を調達するのが難しく、どうしてもその地元の銀行に頼らざるを得ない状況になります。そうすると、資金の調達先がほぼ一択になるため、資金調達コストが高くなったり、何かあったときに資金を調達できなくなったりして、不安定になってしまうんです。

スウェーデンではそうした課題を解決するために、中小の自治体が共同で一つの金融機関、すなわちコミューンインベストを作って、この金融機関が代表して債権を発行しています。そして国内にとどまらず、アメリカや日本など海外からも様々な形で資金を調達しているんです。

日本にも近い仕組みとして地方公共団体金融機構という組織があり、このコミューンインベストの取り組みを学ぶようなこともしています。

しかし、スウェーデンと決定的に違うところがあります。

何かというと、地方債全体に占める、コミューンインベストを通じて発行される「地方債」の割合です。スウェーデンでは、このコミューンインベストを通じて発行されるものが全体の半分ぐらいを占めていて、このシェアはさらに上がり続けているんです。

小さい自治体が単独で金融の専門性を身に付けて発行条件を設定し、資金を広く調達するのは難しいため、こうした組織が非常に有効です。また、個々の自治体リスク分析が不要になり、発行が標準化され流動性も高まるため、投資家にとってもプラスのメリットがたくさんあります。

市場原理に基づいてシェアを伸ばしていけるのなら、どんどん伸ばしていくことが必要だと思います。しかし、日本の地方公共団体金融機構のシェアはたったの1割。かなり以前から一定して低いままです。

なぜかというと、増やしてはいけないという考え方があるからです。この地方公共団体金融機構というのはあくまでも政府系の金融機関であり、公的な組織のため、そんなに大きくしてはいけないというものですね。儲けてはいけない、市場シェアをのばしてはいけない、民間でやるところは民間でやるべきだという考え方が伝統的にあるが故に、あえて1割をキープしているんです。

私個人としては、市場原理に反しない形でシェアを伸ばせるのならば、あえて抑えつけるべきではないと思っています。その方が、自治体にとっても投資家にとってもメリットがあるはずです。

ー三宅先生が今後研究したいテーマや、地方債に関して興味のある分野はありますか。

三宅:私が研究している地方債というテーマは、どちらかというとマニアックな分野かもしれません。それでも、私は地方債という研究テーマは、やはり面白いと思っているんです。地方債は、一方では金融商品という側面があり、投資家の観点からすると収益性や安全性が重要視され、市場の論理で動いています。これは大切な一面です。

そうした側面を持ちながら、一方では、地方債には公益性という性質もあります。地方債で調達した資金は自治体の財政運営に使われていて、自治体では、公益性が非常に大切にされます。地方債が持つこの二つの面はバッティングすることも調和することもあり、両方のバランスをうまく取らないといけない世界なんです。

世界各国でどのようにバランスが取られているのか、対立する場面ではどのように調整しているのか、これは非常に興味がありますし、引き続き考えていきたいですね。

そうした点を理論的に突き詰めるという考え方もありますが、私の場合は諸外国のいろいろな事例を比較して考えていきたいと思っています。これまで見てきたのはアメリカやイギリス、スウェーデンを始めとする北欧の国々、それから今現在特に研究しているのがドイツです。今後はさらに、カナダやフランスもテーマに加えたいと考えています。対象とする国を広げていき、比較考察をして、日本の地方債と世界がより良くなっていくような示唆を引き出していく、そんな研究を続けていきたいですね。

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