INTERVIEW

茨城大学 鈴木智也/資産運用でAIを活用する。「人間支援」で実現する未来の投資とは

「ビッグデータと機械知能でビジネスを科学する」をコンセプトに掲げる、茨城大学理工学研究科(工学野) 機械システム工学領域・鈴木智也教授の研究室。さまざまな企業と共同研究を行い、実際のビジネスに役立つ研究を目指している。

「人間を超える投資サービスはAIにはできない」という理由、資産運用で期待できるAIの活用方法などについて、鈴木教授に話しを聞いた。

鈴木智也:茨城大学理工学研究科(工学野) 機械システム工学領域教授

新潟県新潟市生まれ
2005年 東京理科大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了、理学博士 東京電機大学工学部電子工学科助手
2006年 同志社大学工学部情報システムデザイン学科専任講師
2009年 茨城大学工学部知能システム工学科准教授
2016年 茨城大学教授
2017年 大和証券投資信託委託(株)クウォンツ運用部特任主席研究員
2018年 CollabWiz株式会社代表取締役を兼務、研究成果の社会還元に取り組む
Sigma Xi 正会員

「ビジネスを科学する」をコンセプトに、企業と共同研究

ー鈴木先生の研究室の研究内容について、概要を教えて下さい。

鈴木氏:私の研究室では、「ビッグデータと機械知能でビジネスを科学する」というフレーズを掲げ、ビッグデータと機械学習、人工知能をかけあわせた、実際のビジネスシーンで活用できる支援技術を開発しています。

研究室の一つの特徴として、データ分析が挙げられます。統計学に関するビジネスパーソン向けの著作がブームになった影響もあり、10年ほど前から日本でも統計学をビジネスにいかそうというムードが高まってきました。最近の人工知能ブームとあいまって、さらにその流れは強まっています。

そうした状況を受けて、私の研究室としても、データを使って研究内容をもっと実際のビジネスに役立てたいと考えるようになりました。

私自身、もともと経済や金融に興味を持っていて、修士号の研究テーマも金融だったんです。そのため、ビジネスならば金融関係がやりやすいと思い、5年ほど前からFX業者の方たちとの共同研究や、中古車に関するオークションの価格モデルの研究などを行い、どんどんビジネスの色が強くなっていきました。

ー今回、常陽銀行との共同研究について発表を行い、メディアからも注目を集めました。この共同研究はそもそもどういった目的があるのでしょうか。

鈴木氏:目的を簡単に言うと、常陽銀行さんが業務で行っている資産運用において、実際に使えるツールを作るというものです。業務の役に立ち、間接的でも直接的でも収益に結びつくような便利なツールを作りたいと考えています。

その上で重要になってくるのは、AIによるデジタル技術と人間の専門知の融合です。ご存知の通り、AIは人間にはわかりにくい答えを出す場合がありますが、そうしたブラックボックスは、説明責任が伴う資産運用に関しては致命的です。人間が説明できる答えを出さないと、実務においてはなかなか使うことができません。

そこで、AIは過去のデータに対して経験的妥当性が高い選択肢を広くスクリーニングするツールとして捉え、最終的には人間自身が納得できる選択肢を吟味して選択するための支援システムを作りたいと考え、学生たちと開発研究をしています。

ー現在行っている共同研究は、具体的にどのように進めているのでしょうか。

鈴木氏:2022年の1月に正式に共同研究契約を結び、これまで定期的にミーティングを開催して、膝詰めでディスカッションを繰り返してきました。

常陽銀行の皆さんはプロですから、研究室の学生にはない金融に関する感覚や相場観みたいなものをしっかりと持っていらっしゃいます。使うシーンを考えて、例えば売買のタイミングの予兆みたいなものを事前に知りたいなど、具体的なコメントやヒントを頂戴しながら研究にいかしています。

AIが、人間を超える投資判断をすることはできるのか?

ー鈴木先生は、資産運用を全てAIに任せるのは現実的ではないと常々おっしゃっています。どういう点で難しいとお考えなのか、理由を教えていただけますか。

鈴木氏:そもそもAIは機械なので、機械を使う目的・メリットは大きく3つ、細かく6つあります。高速・大量、客観・安定、自動・不休です。人間よりもはるかに大量のデータを高速で処理できますし、人間のように主観的で不安定な意思判断はしません。さらに人間のように疲れたりしないため休まず自動で動き続けることができます。つまりこのような利点を理解して、うまく活用するべきなんです。  

しかし人間というのは欲が深いので、それ以外に「知能性」までも求めてしまうんです。

とはいえ、AIの知性はまだまだ限定的で人間よりも劣っています。最近はChat GPTが話題になっていますが、村上春樹のような前例の無い独創的な文章を書くことはできません。文章能力がそこまで高度になるのは多分まだまだ先のことで、現在作成できるのは、メールの下書きや文章のたたき台ぐらいでしょう。しかも、実運用にはまだまだ人間が確認する作業が必要です。

資産運用も同じです。人間のような独創的な投資判断はそもそもできるわけがなく、出来ることは人間が問題設定として与えたフレームの中で、目的に合致する選択肢を広く高速で検索するのみです。世間的には独創性を知能性と捉える傾向があるように思いますが、そこにAIの活用を求めるものではありません。AIは単に検索ツールと考えて頂いても構いません。その際の検索基準が上記のフレームに相当します。

ー人間を超えた判断をAIができないのは、どのような理由があるのでしょうか。

鈴木:ひとつはデータの量の問題です。基本的に資産運用というと少なくとも月単位、または四半期ベースの運用になるので、時間間隔が長くなります。データを月ごとに集めていくと、せいぜい1年で12個しかデータが取れないわけですね。銘柄数や金利、雇用関係、物価など、データの種類はたくさんあるのですが、時間方向のデータが圧倒的に少ないんです。そんなデータの頻度で、機械学習できるのかという点が非常に難しくなってきます。

もうひとつは、状況、環境の不確定さという問題です。例えば政治状況でいうと、首相は頻繁に変わりますし、いつどのような政局が訪れるか予測はできません。現在を考えても、新型コロナウイルスのパンデミックが終わって回復し始めているという、極めて特殊な状況です。

過去に今のような状況があったでしょうか。学べるデータがあるでしょうか。そんなものはないんです。現在に限らず、それぞれの時点でそれぞれ特殊な状況があります。きっと未来も何かしら特殊な出来事が起きるでしょう。そのデータをどうやって集めるのかと考えると、基本的にデータが足りないんです。

これらは大まかにマクロ的な要因ですが、ミクロ的な要因においてはバタフライ効果が考えられます。金融市場は多様な要素が複雑に影響しあう複雑系なので、ちょっとした違いが大きな変化を生み出します。なので過去とほぼ同じ状況であっても同じ未来にならないのです。したがって過去の実績から規則的パターンを抽出すること自体がそもそも難しいのです。

ーなるほど。データが足りない点に加え、規則的なデータになりにくい点によっても、AIによる運用は難しいんですね。

鈴木:そもそも道具としての使い方が間違っています。はさみで紙を切るというのなら分かりますが、まるで鉄パイプを切ろうとしているような、それは無理だろうという問題をやらせるようなものですね。

重要なのは、目的をしっかりと見極めることです。その目的とAIの特徴がちゃんと一致しているか、AIの長所を活かせる問題かどうかが非常に大事なんです。

先ほど、Chat GPTに村上春樹のような文章を書くことは難しいと言いましたが、一方で、ある程度型が決まった文章の下書きを作るのは非常に得意です。そういう使い方は非常にマッチしていると思います。

資産運用も同じで、運用指針の下書きみたいなレベルの作業をやらせるのは向いています。人間がその下書きを見て、肉付けをして、自分の相場観にもとづいて解釈を加え、説明ができる売買戦略をお客様に提案していく…これが現段階での合理的な使い方かなと思います。

ーAIは人間よりも高度な投資判断ができて、AIに任せると損しない、うまくいくと儲けることもできる、そんなイメージを持っている一般の人も多いかと思います。そこの誤解はどこから来ていると思いますか?

鈴木:AIによる資産運用と、トレーディングが混同されているのではないでしょうか。

トレーダーは注文の執行業務を行う人で、投資判断をする人ではありません。投資判断をするファンドマネージャーの注文を受けて執行する業務がトレーディングなのですが、それをタイミングよく執行するためにコンピュータを使っているんです。そこを人間に任せるとコストがかかったりリスクがあったりするので、そこの業務はほとんどコンピュータになっています。

そのトレーディング業務をコンピュータにやらせる自動化・機械化と、投資判断をAIがするということが混同されてしまい、AI投資で儲かる、みたいな誤解が生じているのではないでしょうか。私個人の考えとしては、昨今のAIブームに関連して、メディアが金融とAIの関係を誤解を招く形で大きく取り上げた影響も大きいと思います。

ーそうすると、投資でAIが人間を超えるのは現実的ではないのでしょうか。

鈴木:理論的な話しになりますが、FXなどのデイトレーダーはAIの恩恵を受けられるかもしれません。例えば、FXの板情報をAIに取り込むと、結構な情報量になるんです。しかも、値動きの本質は需要と供給のバランスなので、売り手が多ければ価格は下がりますし買い手が多ければ価格は上がります。それほど複雑な仕組みではありません。その点については、機械学習をすれば、AIの高速性という点で人間を超えることが可能ですね。

この場合も、高速性を使っていて知能性を使っているわけではないので、AIの使い方としては合理的だと思います。秒単位の短期売買はAIは得意なのではないでしょうか。そこは資産運用や投資というよりも投機の世界になってしまいますが、AI活用の余地はあるといえますね。

金融業界で、AIに求められる役割とは

ーAIがまだ人間にはかなわない部分、人間でないとできないところを少し言語化すると、どういう点になるのでしょうか。

鈴木:「フレーム問題」といって、AIは事前に与えられたデータの範囲内でしか考えることができないという課題があります。枠の外に出ていくことができないんですね。

よく説明に用いる例として、なぞなぞがあります。人間はなぞなぞを解くことができますが、AIはできません。なぞなぞは発想の転換が必要で、そこがおもしろいある種のゲームになっていますが、AIはその発想の転換ができないんです。与えたお題に対してストレートしか投げてこないピッチャーみたいなものですね。

ー知識の正解を問うクイズではく、なぞなぞを解くとき、人間の頭の中ではどのようなことが起きているのでしょうか。

鈴木:それは「連想」ですね。連想はある種、理論的にも研究されている分野です。

一つ一つのヒントやキーワードがあり、それによって関係する別のワードを思い出します。「想起」と言われるものですね。さらにそこから関係するものをどんどん連想し、探索していくわけです。やがてそれが運よく最終的な答えにたどり着くと、人間の意思によってそれを答えとして判断し、答えを見つけた、解けたと思うんです。

ー例えば、これじゃない、あれじゃないという様に、10個連想して一つ一つ正解と不正解を探し、そして、それぞれ正解の理由と不正解の理由を言語化できたとします。そうしたなぞなぞのデータを1億問解かせると、AIはなぞなぞを解けるようになるでしょうか。

鈴木:連想そのものはAIにもできるかもしれないですね。確かに人間は、なぜ答えにだんだん近づいていくことができるんでしょう。ちょっと面白いですね。

過去に解いたなぞなぞはAIでも解くことができます。でもそれだとなぞなぞではなくなってしまいますね。「過去の学習データがない問題」をなぞなぞの定義とした場合に、連想と探索で与えた課題の外にいけるのかいけないのか。壁を超えることができたら面白いですね。

ーAIと人間の共同である資産運用として、目指すところや先生の描く将来像というものはあるのでしょうか。

鈴木:一般の方が望むのは、やはりAIが人間を超えるような高度な判断をすることだと思います。しかし、2017年ぐらいから日本でもAIが投資銘柄を選ぶいわゆるAI運用が始まっていますが、当初の期待に見合う成果が出ていないという状況で、今はトーンダウンしています。

業界全体の流れとしては、AIについては使い方から落ち着いて考え直しましょうという段階だと思っています。そういう意味でも、人間を支援するツールとして、たたき台のところでAIを活用するのが現実的ではないでしょうか。

ー投機とかトレーディングとは異なる資産運用という観点で、より需要が高いもの、金融業界から求められているところは、どのような点だと思いますか?

鈴木:まずは可視化ですね。大量で複雑な情報をわかりやすく可視化するというのはひとつ求められているところだと思います。

もうひとつは最適化です。資産運用ではたくさんの選択があり、それを組み合わせて掛け算していくことでさらに膨大な量になってしまいます。その中から良い候補を見つけて提示する最適化は、AIが得意な領域ですね。

さらに最近は、アナリストの金融レポートを要約するニーズがかなり高まっています。大量の金融レポートに目を通すのは大変なので、それを要約して、簡略化するようなシステムがすすんでいます。

いくつか挙げましたが、やはりどれも最終判断は人間です。AIが単独で判断するのではなく、人間をサポートするという活用方法、それが実際に進んでいますし、現実的かなと思います。

データ分析をいかして、地域の未来に貢献したい

ー最後に、研究室としての今後の展望、AIが活躍する領域として広げていきたい分野などは何かありますか?

鈴木:研究室で行っているデータ分析を金融以外にも活用して、特に地方活性化のために何かできないかと考えています。

茨城大学では、来年度より「地域未来共創学環」という、文系・理系横断型の教育組織を立ち上げる予定です。「地域と創り、地域と育てる」をコンセプトに、自治体や企業の皆さんにも教育課程に参画してもらい、大学と地域が一体となって教育を行うものです。この理念に沿った形で、研究室としても地域の未来につながる貢献をしたいと思っています。

少子高齢化で、地方はどんどん衰退しています。人口が減って、商店街もさびれてしまい、技術や産業の継承なども難しくなっています。そんな地方を元気にするひとつのやり方として私なりに考えているのが、地方分権です。地方はそれぞれ個性があるので、それを生かして地方ごとに政策、施策を細分化していかなきゃいけないと思っているんです。

そのときに必要になるのがデータです。データというのはエビデンスであり実績であり、本当に起こったことですから、それに基づいて政策を決めていけば、実態に基づいた効果を期待できるものになるはずです。国レベルで、エビデンスに基づいた政策立案や評価の重要性が言われていますが、地方も同じですね。

ー具体的にやってみたいこと、想定しているデータの活用方法などはありますか?

まず必要なのは現状の分析、可視化ですね。例えば茨城県でも自治体によっては人がどんどん出ていき、過疎化がすすんでいます。人がどこからどこに流れているのか、人流を可視化したり、出ていく人、入って来る人はそれぞれどういう理由で出入りしているのかという要因分析をしたり、あらゆることをデータ分析することが可能です。

まずは現状を可視化して、今はこういう状況です、その理由はこういうものです、というのを自治体の方たちに見ていただけるサポートシステムみたいなものができるといいですね。

そうして見えてきた現状を生かした政策を作り、ゆくゆくはその政策の評価をし、PDCAを回していけば地方はもっとよくなるはずです。

ーなるほど、面白いですね。データを取るところで難しさはないのでしょうか。

鈴木:実は、地域のデータって結構しっかりと貯まっていて、しかも公表されて使える状況になっているんです。しかし、各自治体においても重要性を認識しているけど、データを使える人材が不足しているためデータを充分にいかしきれていないというのが実情です。

先ほどお伝えした地域未来創生学環では、地域における人材輩出も目的のひとつに掲げています。
研究室としても、データ分析ができる人材を育てることが求められます。データ分析の知見を持ち、さらに地域の活性化に関心を持ち、地域で活躍できる人材をたくさん育成していければ、研究室としても地域の未来につながる貢献ができると考えています。

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